2008年9月12日金曜日

復職に向けた心の状態

 心の状態は、やっぱり落ち着きが十分でない。とにかく手紙は出した。妻の助言をもらって書き直したら施設長から驚かれたほどのものだった。やはり妻の考え方というものは健全なんだ。なんでこんなに健全なんだろう?私が書いたのは確かに自分の側の都合・言い訳ばかりで相手の気持ちを思いやるという心の広さも柔らかさもない。自分としてはとにかく「シンプルに」というつもりで書いたのだが、妻に言わせれば「相手が知りたいことが書いてない」とのこと。
 カチーンときて口げんか、でも妻の言い分が正しいことはわかっているんだが・・・。「この程度のことであんなにイライラするんじゃ、当の相手にあったらもっとイライラして口走っちゃうんじゃない?」と言われた。ごもっとも。正直言って自信はない。
 けれども医師は19日の受診で診断書と復職許可、意見書を書くという。施設長はもうあと数ヶ月やった方がより強くなれるし安全だと言っている。だが、通常は医師の意見が重視されてしまう。どうしたものか・・・。
 それに結局は金の問題・・・月収25万か傷病給付19万か・・6万の違いが大きい。考えようによってはたった6万の違いでしかないのだが。

 この8年間の年間収入を出してみたら昨年でようやく6年前の水準に戻ったばかり。そこでこの休職。痛い。本当に痛い。

 厚生年金、社会保険料の値上げも痛い。

 復職を前にして心が揺れているのである。

2008年9月11日木曜日

埋め合わせ

 理由はともあれ、自分が起こした問題の責任は自分で引き受けなければならない。仕事の上で他の職員に迷惑をかけてしまったこと、借金を作って家計に大きな穴を開けてしまったこと、これらは何を言っても事実として受け入れていかなければ・・・。

 実際のところ昨年の末から今年の春ごろまでに自分は何をやっていたのだろう?仕事ではモチベーションが保てず去年の今頃は蓄膿症と歯周病で倒れてしまったり、その後助成金の書類を書くことで自分の仕事はしているという外見を作っていても内容的には職場の信頼をなくすようなことをしたり、どうしようもない閉塞感の中にいた。「保育」に取り組めなくなって、実務の処理に追われて時間の無駄遣いをして、自分のカラの中に閉じこもって仕事になっていなかった。

 家庭においては自分なりの責任は果たしてはいたのだが、一方で妻に隠れて借金を作り、それが膨らんでいく中で自分でもどうしようもない気分に自分で追い込んでいた。

 昨日の朝も職場への手紙を書くということ一つで、妻に八つ当たりをして、自己嫌悪になった。

 なんで妻はいつも「まとも」なんだ!俺は自分を「フツー」に保つということだけでもすごいエネルギーを要しているのに・・・。

 こんなことで苦しんでいるってことは、同じ病気の人間にしか共感は得られないだろうな。自助Gで吐き出しているとたくさんの共感があふれてうれしくなるよ。壊れている人間の壊れ方なりに生きていかないと・・・。埋め合わせをしながら、生きるということになれていかないとダメなんだな。

2008年9月10日水曜日

自分の弱さを突き詰めれば

 スポンサーにも医師にも指摘されたことだが、自分のもっとも弱いところは責任の境界線が上手に引くことができないこと。健常者は「ここまでは自分の責任」「この先は他人の責任」と明確に線引きをする。仕事や責任ががたくさん覆いかぶさってきた時にも、それを整理して「自分が手を出すのはここまでで後は他人に任せる」ということができるのだが、私はそういうところが下手だしわからなくなることがしばしば。

 今回の休職に至った経緯でも兄との問題で実家との距離がうまく取れず変に責任を背負い込もうとしたり、今の自分ではできないことをやらなくてはならない・・・と思い込んでしまって身動きが取れなくなっていったことが大本。
 仕事での自分の責任範囲が次第に広がっていったことでも、境界線が引けないために何もかも背負い込んで「ねばならない」という意識にとらわれて結局は背負い込むことも投げ出すことも、他者に押し付けることもできなくて自滅した。

 自分と他人との境界線がうまく引けないというのは自己評価の低さと背中合わせの自分の能力への過大評価という両極端な感覚があるからだろう。ここのところで自分の現実の能力をあるがままに見つめて「できることだけに絞り込む」という作業が必要なんだろうな。それをすると「その程度の能力なのか」と思われることを恐れているから背負い込んでしまうんだ。
 
 自分に自信を持っていいのか、どうなのか・・もわからない。本当に淡々と仕事をしている人がうらやましいと感じる。

2008年9月8日月曜日

兄を赦す

 突然訪れた気づきだった。兄もまた悩み苦しんでアルコホーリクになったのだ!という思い。

 突然、今までのすべてを赦したいという気持ちに襲われた。

 神様、彼の苦しみを取り除いてください。そして彼の心に平安が訪れますように。と祈ることが自然にできる気持ちになれた。

 ただ7日のミーティングで自分の心の崩れを仲間の中に卸したあとのことだった。兄のアルコホーリクを赦せない自分は何者なのか、彼の破壊性を感じながら、いろんなものを破壊してきた自分を棚上げしているだけではないか。

 私はたまたま運が良かっただけ、良い妻と重度障害の長男と優れた医師と素敵なAAグループに出会うことができてプログラムにつながることができた。これは私の人格や優秀性によるものではない。私が運が良かっただけだったのだ。兄が私を守る防波堤になっていてくれたから、私はこの程度で12ステップにめぐり合うことができたのだ。
 兄の心の闇は私の闇より深いのだろう。父を最後まで看取り、母のイネイブラに苛まされながらも最後は何とか自分で仕事を見つけて生きようとしてきたが、その時には、もう心も身体も壊されていたのだ。私にできることは、兄のために祈ること、そして12ステッププログラムを届けることだろう。

 自分の心の落ち着きがようやく訪れてきたようだ。

2008年9月6日土曜日

飲酒欲求?

 昨日は病院の通院日。妻も一緒に医師と話をした。私の言い分、妻の言い分、それぞれ聞きながら、結果としては今月末で休職期間を終えるべきでしょう。長引かせればそれだけ良くなるというものでもないですから・・・ということになった。

 家計の管理についてはまた妻ときっちり話し合っていかなければならないことなのだが、自分の問題は自分で自助Gを使いながら解決していくこと。

 ところが、そういう重苦しいものを抱えるととたんにでてくるのが「イラつき」そして「飲酒欲求」のような変な気分。酒で酔いたいわけじゃない(今更普通に酔えるわけじゃないことはわかってるし)、でもどこか「自分の空間」に逃げ込んでしまいたいという思いが出てくる。こういうのがニョキニョキ出て来るとよろしくない。もぐらたたきじゃないけど、自分のこういう発想が出てきたらとにかく叩く。そして甘いものなどをたらふく食べてなだめる。

 被害が一番少ないところで収めていくというのも生活の知恵なんだ。

2008年9月3日水曜日

行動を始める

 まずは職場に手紙を書くということに取り組み始めた。必要以上に自分を卑下することも無く、そして尊大になることもなく、ただ自分の現状や休職期間に取り組んできたこと、そして医師からの診断書が出されることなど。

 もちろん、まずは自分で読み返しながらどこに問題点があるのか、書き方に変なところは無いかチェックしないといけない。

 アルコホーリクにとっては手紙一つを書くということもとても難しいことなんだと思う。卑下すれば不利になる尊大になるとはねつけられる、どう書けば受け入れられやすいのか、できるだけシンプルに・・・
ああ難しい。

2008年9月1日月曜日

不眠と苛立ち

 わかっちゃいるんだ。自分が休職していられる期間があと一ヶ月ってことになって、またもや頭の中で不安や恐れがもたげてきているってこと。「復職できるのだろうか」「受け入れてもらえるだろうか」「仕事ができるのだろうか」「退職勧告をされるのではないか・・・」

 どれも自分の心の中での思い込み、妄想。実際に復職の意向を相手に示して相手側がどう話をしてくるのかがわからなければどうにもならないことなんだよ。

 だけど夜、暗くなって床に就くとこういう妄想が襲ってくる。

 神様、私の恐れを取り除いてください。そして私に不当なことをした人たちに心の平和が訪れますように。私が再び一人の職員として働けるかどうかは、私の問題です。私が本当に働きたければ、そして誠実に心からの反省を示すことができれば仕事を続けることはできるでしょう。私にあなたの意志を行っていく強さをお与えください。