なぜかまだ不確定な退職金。20年働いてきて54万だけ・・・ってふざけるな!って気分になっちゃいけないのかな?せめて100万は欲しいよ。
その上社会保険料の個人負担分も支払ってください・・・あ~なんかもうやってらんねぇよ。
単純計算で月々5000円ずつ積み立てたとしても120万は確定でしょう?
まぁ俺の働き方に問題があったからこういう形での退職になったんだけどさ。
それにしたってやっぱり少なすぎるよ。
今勤務している連中は10年働けば60万の退職金が保証されるように設定したんだよ。
そりゃあね、無事これ名馬ってことわざもあるから、俺みたいに緊急時にはチョーハイテンションで走るけど、平時にはモチベーションが下がりきってダメダメっていう馬じゃ困るんだけどさ。
けれど54万だけ・・・って・・・
2008年12月19日金曜日
嵐の後
心の中の嵐がようやく収まった。嵐の代価は10万円。自分を壊したい衝動を抑えるために(はたしてこれが正しい収め方とも思えないのだが)要した無駄金。どぶに捨てたようなものなのだが、でも結果として自分の内面の衝動は自分では抑制できないという事実を目の当たりにする経験をして、自分の無力を改めて思い知った。
退職とか様々なプレッシャーに見舞われたときに訪れてくるこの衝動。もちろんこんな衝動が起きないような心の強さが欲しいのだが、今はまだそこまで到達できていない。次はこの10万円をどこから捻出していくかということが新たなプレッシャーとなってくるんだろう。悪循環だ。馬鹿げているし自分で自分が嫌になる。全部壊すか、いや、それもできない。だから中途半端ではどこにも行けないんだ。徹底的にやらないとね。自分の弱さの根源をたどっていかないと。
たぶん、それは自分で自分の居場所をなくしていく生き方を求めてしまう本能的なものなのだと思う。自分の成育歴から思うに、「居場所が無い」という状態が自分の幼少期の姿なんだろう。でも居場所が無いことには人は耐えられない。だから「居場所が無い」から「居場所を作る」という方向に自分の思考を変えていかなければいけないんだと思う。「居場所がある」ということはそこに生じる責任を引き受けていくという覚悟が必要だし、「どんなことがあってもここだけは守る」という気概が必要なんだ。自分に欠けているのはこの「覚悟」と「気概」だと思う。そういう強さが欲しいと心から願っている。
退職とか様々なプレッシャーに見舞われたときに訪れてくるこの衝動。もちろんこんな衝動が起きないような心の強さが欲しいのだが、今はまだそこまで到達できていない。次はこの10万円をどこから捻出していくかということが新たなプレッシャーとなってくるんだろう。悪循環だ。馬鹿げているし自分で自分が嫌になる。全部壊すか、いや、それもできない。だから中途半端ではどこにも行けないんだ。徹底的にやらないとね。自分の弱さの根源をたどっていかないと。
たぶん、それは自分で自分の居場所をなくしていく生き方を求めてしまう本能的なものなのだと思う。自分の成育歴から思うに、「居場所が無い」という状態が自分の幼少期の姿なんだろう。でも居場所が無いことには人は耐えられない。だから「居場所が無い」から「居場所を作る」という方向に自分の思考を変えていかなければいけないんだと思う。「居場所がある」ということはそこに生じる責任を引き受けていくという覚悟が必要だし、「どんなことがあってもここだけは守る」という気概が必要なんだ。自分に欠けているのはこの「覚悟」と「気概」だと思う。そういう強さが欲しいと心から願っている。
2008年12月16日火曜日
2008年12月14日日曜日
無理な仕事だった
退職の日を一日憂鬱に過ごした。特に連絡もなかったので予定通り処理されたのだと思う。
思えば無理のし通しだった。
学童クラブの移転問題から始まり、父母と指導員の共同運営から理事会による運営に移行するまでの体制作りを整えるまでに5年がかかった。その間障害児施設の移転があった。そして職員の休職によって精神的負担は増えていった。二つの性格の異なる施設の所長を兼任し、指導員としての責務も兼任し、労務管理、対行政手続の作成及び提出責任者を兼任し、様々な対外的活動での職場代表も兼任し、NPO法人の管理運営実務も兼任していた。
普通の人でも精神を病むような責任だったろう・・・でも普通の人はこんな無茶な兼任は絶対しないだろう。できなくて当たり前なのだから。
私は壊れた。かなり深いところまで壊れてしまった。この壊れた心は回復できるのだろうか?
この点も疑問符だらけだ。自分はもう元に戻れないんじゃないかと思う。
破壊したのが食堂の家具だったにせよ自分の精神であったにせよ・・・自分の精神が健全だとはとても主張できない・・・。その通り。私は狂気の中にいた。今もまだ狂気は健在なのだ。
思えば無理のし通しだった。
学童クラブの移転問題から始まり、父母と指導員の共同運営から理事会による運営に移行するまでの体制作りを整えるまでに5年がかかった。その間障害児施設の移転があった。そして職員の休職によって精神的負担は増えていった。二つの性格の異なる施設の所長を兼任し、指導員としての責務も兼任し、労務管理、対行政手続の作成及び提出責任者を兼任し、様々な対外的活動での職場代表も兼任し、NPO法人の管理運営実務も兼任していた。
普通の人でも精神を病むような責任だったろう・・・でも普通の人はこんな無茶な兼任は絶対しないだろう。できなくて当たり前なのだから。
私は壊れた。かなり深いところまで壊れてしまった。この壊れた心は回復できるのだろうか?
この点も疑問符だらけだ。自分はもう元に戻れないんじゃないかと思う。
破壊したのが食堂の家具だったにせよ自分の精神であったにせよ・・・自分の精神が健全だとはとても主張できない・・・。その通り。私は狂気の中にいた。今もまだ狂気は健在なのだ。
2008年12月12日金曜日
2008年12月5日金曜日
2008年12月2日火曜日
疲労感・徒労感・倦怠感
疲れている。何に?とにかくいろんなことに・・・・。
たぶん、一つは退職という事実が迫ってきているということで不安になり、神経質になっていること。
それに、健康保険証の切り替えなど行政手続がいろいろあることへの疲弊感。
退職金がすずめの涙ほどしか出ないだろうし、自己破産の資金にしかならないという事実への徒労感。20年かけてお前は何をやってきたんだ?という徒労感。
ハローワークに離職票を持っていっていろいろやらなきゃならないということもうんざり。
しかも、こうした現実を素面で冷静に受け止めていかなければならないという自己抑制。こういうときはもっと大騒ぎしてもいいんじゃないか?とも思うのだが、それも大人気ないしなぁ・・・。
たぶん一番楽なのは、自分で自分を消しちゃうことだと思うんだけど、次男の寝顔を見ると、彼の心に傷をつけたくないんだ。よくなりたい自分、消えてしまいたい自分、二つの自分がせめぎあっている。こういうのを統合失調って言うのだろうか???
たぶん、一つは退職という事実が迫ってきているということで不安になり、神経質になっていること。
それに、健康保険証の切り替えなど行政手続がいろいろあることへの疲弊感。
退職金がすずめの涙ほどしか出ないだろうし、自己破産の資金にしかならないという事実への徒労感。20年かけてお前は何をやってきたんだ?という徒労感。
ハローワークに離職票を持っていっていろいろやらなきゃならないということもうんざり。
しかも、こうした現実を素面で冷静に受け止めていかなければならないという自己抑制。こういうときはもっと大騒ぎしてもいいんじゃないか?とも思うのだが、それも大人気ないしなぁ・・・。
たぶん一番楽なのは、自分で自分を消しちゃうことだと思うんだけど、次男の寝顔を見ると、彼の心に傷をつけたくないんだ。よくなりたい自分、消えてしまいたい自分、二つの自分がせめぎあっている。こういうのを統合失調って言うのだろうか???
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