土曜日、酷いとらわれからスリップしてしまった自分だったのだが、妻にばれて非常に強い不信感をもたれてしまった。もちろん自業自得であるから仕方がない。でもその日の夜のミーティングで正直に自分の弱さとへたれさを分かち合えたところ、突然スイッチが切り替わっていった。なんだか今回はかなりすっきりした感じ。とらわれから解放されたような気分になれた。
今日は妻は相変わらず不機嫌ではあるが、妻の偉いところは問題をまぜこぜにしないで、問題になっているところだけ・・・つまり病気のところだけを厳しく指摘するところ。ほかのことについては自分が普通にきちんとしていさえいればノークレーム。すごいなぁ・・・。俺だったら問題をあれこれまぜっかえして穿り返して全面否定とかしちゃうだろうに、そうはならない。正気とは彼女のような人間を意味するんだと改めて実感。自分も良くなりたい。正気になりたい。やればできると思う。
2009年2月1日日曜日
2009年1月31日土曜日
2009年1月21日水曜日
心をむしりとられる・・・
時折退職した職場のHPを見てしまう。見てもせん無いことなのだが・・・。私がいなくても職場は滞りなく運営されていく。私が去年まで背負っていた荷物はそれぞれ職員たちによって分担され、一人一人の職員の仕事も軽減され、問題なく済まされていくのだろう。そして私は忘れ去られていくのだろう。
悲しいなぁ。切ないなぁ。
俺が20年間手塩にして築いてきたものが、あっさり私の手から切り離された。もちろんそれはすべて私の弱さや無能さによって切り離されることになったのだけれども・・・。
結局は自分が自分で招いた結果なのだ。今、自分に出来ることは過去を振り返ることよりも、自分自身のこれからに意識を集中すること。でなければ自分はダメになる。自分にとって何が大切なのか、何を目指して生きるのか、自分の本来の願いはどこにあるのか・・・。
そうだよ。さようならだ。すべて過ぎ去った過去の栄光でしかない。それに、じゃぁ今あの職場に戻って過去とは違った働き方ができるのか?と問えば、自分の中にそれを拒絶する自分がいる。あのハードワークに戻りたくはない。一人の被雇用者として働きたい自分がいる。
悲しいなぁ。切ないなぁ。
俺が20年間手塩にして築いてきたものが、あっさり私の手から切り離された。もちろんそれはすべて私の弱さや無能さによって切り離されることになったのだけれども・・・。
結局は自分が自分で招いた結果なのだ。今、自分に出来ることは過去を振り返ることよりも、自分自身のこれからに意識を集中すること。でなければ自分はダメになる。自分にとって何が大切なのか、何を目指して生きるのか、自分の本来の願いはどこにあるのか・・・。
そうだよ。さようならだ。すべて過ぎ去った過去の栄光でしかない。それに、じゃぁ今あの職場に戻って過去とは違った働き方ができるのか?と問えば、自分の中にそれを拒絶する自分がいる。あのハードワークに戻りたくはない。一人の被雇用者として働きたい自分がいる。
2009年1月18日日曜日
浮き足立っている自分
今日の夕方からなんだかふわふわと浮き足立っている自分を発見。なんでだろう?
一つはなんだかいろんなことがこれからはスムーズに片付いていくのではないかという予感のようなもの・・・根拠がないのだが・・・。
一つは息子がかわいい。あまりにも自分に似ている息子がかわいくて仕方ない。性格もおどけ方もそっくりで、自分の子ども時代を髣髴とさせる。この息子に辛い思いはさせたくないと強く思う。
さらにもう一つは、ロト6で1000円当たって、これからもっと当たるんじゃないか・・・というこれも根拠のない妄想。
三つのうち二つは根拠がないというのは情けない。こんな程度のことで浮き足立つのか・・・?
だからすぐに失望したり悲観的になったりもするんだよ。地に足をつけて生きようよ、俺。
一つはなんだかいろんなことがこれからはスムーズに片付いていくのではないかという予感のようなもの・・・根拠がないのだが・・・。
一つは息子がかわいい。あまりにも自分に似ている息子がかわいくて仕方ない。性格もおどけ方もそっくりで、自分の子ども時代を髣髴とさせる。この息子に辛い思いはさせたくないと強く思う。
さらにもう一つは、ロト6で1000円当たって、これからもっと当たるんじゃないか・・・というこれも根拠のない妄想。
三つのうち二つは根拠がないというのは情けない。こんな程度のことで浮き足立つのか・・・?
だからすぐに失望したり悲観的になったりもするんだよ。地に足をつけて生きようよ、俺。
2009年1月17日土曜日
子どもの中に見出す自分
次男君は性格が自分にそっくり。いろんなことに夢中になるとそればっかりになる。現状維持的傾向が強く切り替えが弱い。今はウルトラマンと将棋と囲碁とドミノにはめている。結構夢中になるしゲームが好きな素養はたっぷりなので、彼を見ていると自分の弱さをもろに映し出される。甘ったれでへたれで、だけど憎めない愛嬌がある。う~ん誰かそっくりだ・・・。
自分の狂気に向き合う
自分の中に住まう狂気の自分。狂気の自分と比較的まともな自分(本来の自分?)とで向き合うと、時には狂気の自分が比較的まともな自分を圧倒してしまう。でもこれで「仕方ない」と諦めてしまえば自分本来の良いところは一生戻らなくなってしまう。比較的まともな本来の自分の援軍は「神」だけ。狂気の自分を小さく小さく押し込めていくには、比較的まともな本来の自分を育てて励ましていくしかない。「大きくなぁれ、大きくなぁれ」である。今はまだ狂気の自分を押し込めるには自分の内面の力を思いっきり必要としている。
疲れる・・・が、これが必要な作業なんだということは明らかなんだ。
疲れる・・・が、これが必要な作業なんだということは明らかなんだ。
2009年1月14日水曜日
死に至る病
どうにも止まらないこの衝動。心が壊れている。身体は幸い壊れないのだが、心の根っ子が腐っている。根グサレしているからどうにも育たない。衝動から自分を引き剥がせない。自力ではとても無理だし自分の今後に希望が見出せない。全部全部壊れちゃえ。碧空がかわいそうだけど、俺はやっぱりこの世に生きていてはいけない人なのだと思う。誰も幸せにすることができない。自分を変えることが出来ない。自分自身に対して無力なこと、生きるということに無力。この「自分」という生き物は一体何者だ?気持ちが悪い狂人としか言いようがない。自分の狂気に反吐が出る。いっそ殺してしまいたい。けれどけれど、神はなぜ自分のような生き物を生かしめているのか?わからない。これも神の予定なのか?
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