先日母から連絡があり、アパートを引っ越すことになるからその時には「保証人」になってくれとのこと。機械的に「うん」と答えたが、なんかもやもやしていた。正直なところもう「保証人」はうんざりだ。兄のこともあるし自分の自己破産のこともある。だけど断ればまた根掘り葉掘り理由を聞かれる。
母は心を霊的に病んでいる人だし恐らくADDじゃないかと思う。母の恨みの大本は自分の母親(私から見れば祖母)から引き離されて一人理髪師の徒弟にされたこと。終戦直後、満州からの引き上げ者で財産をすべて失い、父親も脳溢血でなくし(恐らくこの私から見れば祖父に当たる人もアルコール依存症だったのだろう)母たち四人の姉妹と末の弟を抱えて途方にくれたのだろう。母はこの兄弟の自助にあたる。長女は妹や弟の面倒を見る手伝いで家庭生活の戦力だったのだろう。そして妹たちはまだ幼かったり病弱だったりで外に出せなかった。こういう事情を知れば男勝りで気が強く元気いっぱいだった次女の母が「口減らし」と「手に職を持たせれば食いはぐれることもあるまい」という親心から家を出されたのは納得できることなのだが、母にとっては未だに納得できない屈辱だったようだ。
祖母を一時実家で引き取って面倒を見ていたこともあったが、母はここぞとばかりに昔のことを引き合いに出して祖母を苦しめたらしい。結局祖母は長女のところで命を全うした。母にはこういうところがある。結構根深い執念深さがある。母親への仕打ちもそうだし、私の義理の姉たちやその母親に対する言い方も変わらない。「あんな変な女とくっついたのがパパの失敗だったのよ」この理屈はとにかくすべてに貫いている。兄が母から自立しようともがきながら結局自滅して行った根底にも「あんな変な女とくっついたから・・・」だった。母にかかっては母以外の女性はみんな「あんな変な女」になってしまう。
それでいて自分自身はどうなのかといえば、片付けもろくにできない人だった。料理はできるけどそれ以外の家事はダメ。洗濯も干しはするけど畳むのはできなかったし、家の中はいつも何がどこにあるかわからない状態だった。他人の悪口陰口はたんまり言う。みんな「ケチ」か「見栄っ張り」ということになる。実は自分が一番の見栄っ張りなのに。姉夫婦が買ったつつましい建売住宅の近くの土地を購入してこれ見よがしに自己設計の家を建てたのは「あてつけ」としか言い様がない。それでいて姉たちを引き取ることになって「失敗した」と思ってもこりない。恩を売ることは押し付けがましい癖に自分は欲得ずくでないと何も他人に与えない。
こんな母だから私が「自己破産」したと言えば今度は私の妻まで「変な女」にされかねない。もっとも不思議なことだが、今まで私が家に紹介した女性には「変な女」よばわりはしない。私の女性を見る目については一目置いているのかもしれない。
2009年3月31日火曜日
2009年3月27日金曜日
2009年3月26日木曜日
墓参りと鉄道博物館
先週の土曜日、お彼岸なので次男を連れて父の墓参りに行きついでに同じニューシャトル沿線にある「鉄道博物館に行ってきた。
次男には墓参りに行くたびに、「パパのパパはなんで死んじゃったの」と聞かれる。その度に「お酒を飲みすぎて脳の血管が何度も切れて、最後は片足も切り落として死んじゃったんだよ」と答えている。事実そうなのだが、こうして言葉にしてみると壮絶だ。それにその父の晩年を支えていた母や兄のことも思いやる気持ちが出てくる。
花を手向け、水をやり、手を合わせる。次男も小さな手のひらを合わせている。「こんなかわいい孫を見ないで死んじまって、バカな人生だと思わないか」心の中で父に話しかける。
一個連隊3000人の中でわずか数名の生き残りの一人だったという幸運を持ちながら、酒で身を持ち崩した晩年。友人もなく家族だけしか残らなかったさびしい葬儀。
それはともかく、鉄道博物館。11時についてすでに体験ゾーンは4時からの回しか空いていないという人気。親子ずればっかりなのはもちろんのこと、まずは早めの昼食を食べてしまってから場内を走るミニトレイン「はやて」に並ぶ。30分以上待ってようやく乗れたが、走行時間は3分、なんか割に合わない感じ。次男は3歳児以下対象のプレイスポットに行きたがったのでとりあえず行く。やっぱりすぐに飽きる。次はミュージアムショップ、ここに来ると目の色が変わる次男。いろんな電車のおもちゃに釘付け。向こうも商売だから仕方ないけどね、もうちょっと広くしてくれないとすれ違いもできないような混み方。そして次は鉄道ジオラマ。これは地下鉄博物館でも見ているのですぐにイメージが湧いて並ぶのも納得してくれた。新幹線、SL、ブルートレイン、通勤電車が走り回るのに釘付け。終ってから必ずすべての男子が観覧席からジオラマに走っていくが、我が家の次男君は「ガラス」に気づかず「ゴン」とはでな音を立てて激突。機関車や貴重な列車もあるけど、これについては立川の鉄道公園のほうが計器を直接見れるし展示としては良かったと思う。
ここでもふっと頭をよぎった思い出。父も兄を連れて何度も当時秋葉原にあった鉄道博物館(交通公園)に行ったと聞いていた。私はあまり記憶がないが、まだ埼玉に引っ越す前のことだったのだろう。
父が姉たちのことをもっと早くに母に相談していればまた違った家族になれたんだろうな。最初から無理なローンを組んで生活に困ることもなかったんだろう・・・。ホント行政手続きを甘く見ていたんだよな、父は。それに母が見栄っ張りでなければ計画を変更できたんだよな。
次男よ、君には楽しい家族の記憶をたくさん残してあげるからね。
次男には墓参りに行くたびに、「パパのパパはなんで死んじゃったの」と聞かれる。その度に「お酒を飲みすぎて脳の血管が何度も切れて、最後は片足も切り落として死んじゃったんだよ」と答えている。事実そうなのだが、こうして言葉にしてみると壮絶だ。それにその父の晩年を支えていた母や兄のことも思いやる気持ちが出てくる。
花を手向け、水をやり、手を合わせる。次男も小さな手のひらを合わせている。「こんなかわいい孫を見ないで死んじまって、バカな人生だと思わないか」心の中で父に話しかける。
一個連隊3000人の中でわずか数名の生き残りの一人だったという幸運を持ちながら、酒で身を持ち崩した晩年。友人もなく家族だけしか残らなかったさびしい葬儀。
それはともかく、鉄道博物館。11時についてすでに体験ゾーンは4時からの回しか空いていないという人気。親子ずればっかりなのはもちろんのこと、まずは早めの昼食を食べてしまってから場内を走るミニトレイン「はやて」に並ぶ。30分以上待ってようやく乗れたが、走行時間は3分、なんか割に合わない感じ。次男は3歳児以下対象のプレイスポットに行きたがったのでとりあえず行く。やっぱりすぐに飽きる。次はミュージアムショップ、ここに来ると目の色が変わる次男。いろんな電車のおもちゃに釘付け。向こうも商売だから仕方ないけどね、もうちょっと広くしてくれないとすれ違いもできないような混み方。そして次は鉄道ジオラマ。これは地下鉄博物館でも見ているのですぐにイメージが湧いて並ぶのも納得してくれた。新幹線、SL、ブルートレイン、通勤電車が走り回るのに釘付け。終ってから必ずすべての男子が観覧席からジオラマに走っていくが、我が家の次男君は「ガラス」に気づかず「ゴン」とはでな音を立てて激突。機関車や貴重な列車もあるけど、これについては立川の鉄道公園のほうが計器を直接見れるし展示としては良かったと思う。
ここでもふっと頭をよぎった思い出。父も兄を連れて何度も当時秋葉原にあった鉄道博物館(交通公園)に行ったと聞いていた。私はあまり記憶がないが、まだ埼玉に引っ越す前のことだったのだろう。
父が姉たちのことをもっと早くに母に相談していればまた違った家族になれたんだろうな。最初から無理なローンを組んで生活に困ることもなかったんだろう・・・。ホント行政手続きを甘く見ていたんだよな、父は。それに母が見栄っ張りでなければ計画を変更できたんだよな。
次男よ、君には楽しい家族の記憶をたくさん残してあげるからね。
2009年3月17日火曜日
生きづらさの原点
自分の依存症気質の原点が良く理解できたような本に出会った。ギャンブル依存症の施設の冊子なのだが、とてもよくわかる。
普通の人はまず「私」の周囲に親・兄弟など家族というクッションがあり、そのクッションでショックを和らげながら社会との関わり、友人や恋人、仕事関係の人間関係などに適応していくのだが、私のようなAC家庭に育った人は家族というクッションで和らげられることなく丸裸で社会と向き合っていくことになる。だからいろんなことがとても痛いし加減がわからない。
自分の人生を振り返ってもうなずける。20代の頃の同棲相手との関係はとても普通じゃなかった。自分を傷つけながら相手を傷つけてボロボロの世界だった。「二人きり」の世界に思いっきりはまり込んでいた。そこに第三者の闖入を許したのも自分で、そのことで相手はとてもとても悲しみ傷ついた。今頃になってようやく何が彼女を一番傷つけたのかに気づいた自分・・・かなり重症だ。
兄や母との関係で自分がぶれるのも同じ。母は私を庇護していたつもりかもしれないが、私にとっては余計なお世話でしかなかった。私に嫌われて母は兄を溺愛するようになったのだろう。同じ早稲田を目指しながら弟の私に先を越されて惨めだった兄、異母姉を憎み母を愛した兄、兄にとっては異母姉たちと同居する前の長男としてかわいがられていた時期が忘れられないし、本来ずっとそれが続くべきだったのを異母姉たちが壊したのだと恨んでいたのだろう。私とて早稲田を選んだのは父に気に入られたいから。父が早稲田出身で早稲田しか私立を許さなかったから。父が満足してくれたところで自分にとって入試の意味は終っていたのだろう。
なんてひりひりとした「家庭」だったことだろう。耐え難かったことも事実。自分の実家の異常性から逃げたかったのも事実。逃げてきたのに兄の病気で関わらざるを得なくなり、自分の心や感情のペースが乱されてしまったのも事実。そしてパチンコ台の前で安心する自分を発見してきたのも事実。
おかしいのはパチンコもやりたがるくせに大当たりが続くと急に不安になり家に帰らなくてはという気持ちが強く湧き出てくる自分。後ろめたいし妻にも子どもにも申し訳ないと感じている自分を見出す。
なんだかここまで来たらこの依存から抜け出すのも時間の問題だと思う。なんだか必要がなくなってきたと自分で感じるんだ。パチンコなんてやらなくたっていいし、それより子どもと遊ぶ計画や妻をいたわりたいと思っている。
でも「金がほし~」ってのはあるけど、それはパチンコとかギャンブルじゃ手に入らないものだからね。
普通の人はまず「私」の周囲に親・兄弟など家族というクッションがあり、そのクッションでショックを和らげながら社会との関わり、友人や恋人、仕事関係の人間関係などに適応していくのだが、私のようなAC家庭に育った人は家族というクッションで和らげられることなく丸裸で社会と向き合っていくことになる。だからいろんなことがとても痛いし加減がわからない。
自分の人生を振り返ってもうなずける。20代の頃の同棲相手との関係はとても普通じゃなかった。自分を傷つけながら相手を傷つけてボロボロの世界だった。「二人きり」の世界に思いっきりはまり込んでいた。そこに第三者の闖入を許したのも自分で、そのことで相手はとてもとても悲しみ傷ついた。今頃になってようやく何が彼女を一番傷つけたのかに気づいた自分・・・かなり重症だ。
兄や母との関係で自分がぶれるのも同じ。母は私を庇護していたつもりかもしれないが、私にとっては余計なお世話でしかなかった。私に嫌われて母は兄を溺愛するようになったのだろう。同じ早稲田を目指しながら弟の私に先を越されて惨めだった兄、異母姉を憎み母を愛した兄、兄にとっては異母姉たちと同居する前の長男としてかわいがられていた時期が忘れられないし、本来ずっとそれが続くべきだったのを異母姉たちが壊したのだと恨んでいたのだろう。私とて早稲田を選んだのは父に気に入られたいから。父が早稲田出身で早稲田しか私立を許さなかったから。父が満足してくれたところで自分にとって入試の意味は終っていたのだろう。
なんてひりひりとした「家庭」だったことだろう。耐え難かったことも事実。自分の実家の異常性から逃げたかったのも事実。逃げてきたのに兄の病気で関わらざるを得なくなり、自分の心や感情のペースが乱されてしまったのも事実。そしてパチンコ台の前で安心する自分を発見してきたのも事実。
おかしいのはパチンコもやりたがるくせに大当たりが続くと急に不安になり家に帰らなくてはという気持ちが強く湧き出てくる自分。後ろめたいし妻にも子どもにも申し訳ないと感じている自分を見出す。
なんだかここまで来たらこの依存から抜け出すのも時間の問題だと思う。なんだか必要がなくなってきたと自分で感じるんだ。パチンコなんてやらなくたっていいし、それより子どもと遊ぶ計画や妻をいたわりたいと思っている。
でも「金がほし~」ってのはあるけど、それはパチンコとかギャンブルじゃ手に入らないものだからね。
2009年3月7日土曜日
100点満点の一日?
今日は自己評価100点満点の一日だった・・・と思う。
朝、長男の介助→次男と遊びながら布団を干して部屋の掃除
午前、次男と図書館へ行きお目当ての本を借り→折り紙の本を買いに行き→折り紙を買った
昼、次男が大好きなザル蕎麦を作り、食べ→一緒に折り紙
午後、布団を取り込み、防ダニ対策をして→シーツ・掛け布団カバーをかけ→夕飯の買い物へ
夕飯の買い物ついでにおやつのアイスクリームを買って公園で一緒に食べ→そのまま公園で遊ぶ
保育園に行ってシーツ・掛け布団カバーをかけてきて→帰宅後は夕食作り
3チャンネルでピタゴラスイッチを見せながらおかずを三品作り、ちょっと早めに夕食。
ミーティングに行って帰ってきたら次男が待ち構えていてくれた。
う~んこれを『幸福』と言うのだろうな。
朝、長男の介助→次男と遊びながら布団を干して部屋の掃除
午前、次男と図書館へ行きお目当ての本を借り→折り紙の本を買いに行き→折り紙を買った
昼、次男が大好きなザル蕎麦を作り、食べ→一緒に折り紙
午後、布団を取り込み、防ダニ対策をして→シーツ・掛け布団カバーをかけ→夕飯の買い物へ
夕飯の買い物ついでにおやつのアイスクリームを買って公園で一緒に食べ→そのまま公園で遊ぶ
保育園に行ってシーツ・掛け布団カバーをかけてきて→帰宅後は夕食作り
3チャンネルでピタゴラスイッチを見せながらおかずを三品作り、ちょっと早めに夕食。
ミーティングに行って帰ってきたら次男が待ち構えていてくれた。
う~んこれを『幸福』と言うのだろうな。
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