2009年10月29日木曜日

終了式前夜

 明日で通所施設は終了となる。その後も通所して構わないのだが、やっぱり不安もある。
自分はいろんな場面でイレギュラーな立場だった。今までやってきた仕事もイレギュラーの塊だったし今回の通所も終了もイレギュラーだ。アル中としてさえイレギュラーだからなんだか社会の中でこれからどう生きていけばいいのかわからなくなる。スリーミーティングも2・3周りもしていない。なんだか見放されてしまった気分もある。もう一度今度は家庭をなくしてどん底を味あわなければならないのかもしれないと思うと胸が苦しくなる。こんなんでいいのか?ホントにいいのか?

2009年10月19日月曜日

通所施設終了

 いよいよ今月で通所施設を終了となる。もちろんアフターケアはあるのだが、やはりこれからは自分で就職活動に直面していかなければならない。あ~あどうなることやら・・・
 とても高齢者施設で働いていく自信もないしなぁ・・・。

 生きにくい時代だなぁ・・・と嘆いていてもはじまらない。とにかく何も考えないで働ける場所を見つけたいよ。

2009年10月7日水曜日

壊れているなぁ・・・ぢぶん

 苦しい時はもがきあがきプログラムという綱にすがりつくのに、ちょっと順調(だとぢぶんで思っているだけなんだけど)だとすぐにコロッと気持ちが大きくなって「何でも来い!!」って肩で風切るぢぶん。
 嫌だなぁ、変えたいなぁ。こういうぢぶんの無責任さ、見通しの悪さ、大嫌い。

 「変えたいなぁ」と心で願っても現実は変わらない。信じるということこの12STEPのプログラムを信じて行動すること。認めたら、認めさせてくれたプログラムを信じる、信じるなら行動で示す。最初の3STEPはやっぱりワンセットなんだね。
 ギャンブル依存だって認めているんだからプログラムを信じて行動をしていかないとダメジャン。月に一回くらいパチンコやっても・・・なんて甘えたことを言ってるんじゃ変えられないよ。
 ミーティングに出なさい。行動しなさい。・・・・ハイ

2009年9月7日月曜日

今後の目標

いよいよSTEP4・5の提案
そして就職活動に入ります。

どうなることか、来月の今頃の自分、どうしているんだろう?

2009年9月6日日曜日

厳しい

 中身が変わっていないんだ・・・と言われた。その通りだと思う。
 不安がいっぱい。だから信じるしかない。

 自分の考えを使わないで提案に沿ってやっていくこと。

 壊したものを片付けないと新しいものはできない。

2009年8月18日火曜日

中間施設の終了に向けて

 一年2ヶ月の通所を経て、中間施設の終了に向けた提案が出てきた。まずは妻も含めた三人の面談。そして就職に向けた取り組みの開始。
 正直就職については困惑している。何しろ何も資格がないし大学中途末籍では高卒と同じ。これで採用してくれるところがあるのだろうか?運転免許ぐらい取るべきか、それとも事務の資格か実技の資格か、いずれにしても何もなしで通用する世間ではないだろう。
 年収は300万~400万あれば最高なのだが、実際には150万~250万で手を打たなければならないんだろうな。

 自分の過去のものぐささのツケが廻ってきた感じ。

2009年7月26日日曜日

飲んでいた頃

 2002年9月3日が自分にとっては大きな転機だった。精神科で医師から「あなたはアルコール依存症です、これからは一切お酒を飲むことができません」と宣告された。自分は「この医者はキチガイだ、俺がアル中のはずないだろう、朝酒は飲まないし昼間も飲まない、確かに夜8時以降はたらふく飲むけど自分の金で飲んでいるんだし高い店で飲むわけでもなく路上で飲むわけでもなく、自宅で飲んでいるだけなのに・・・」全然認められなかった。
 医師は戦法を変えた「奥さん、この人ダメだね、全然認めてないもん。この人はねぇ酒を止められなくて最後はゴミみたいになって死んでいくんだよ、あなたやお子さんがそれに巻き込まれることはないからね、離婚しなさい」
 俺、呆然。当時は妻との間は冷え切っていて家庭内別居だったし、具体的な離婚の話も進み始めていたにも関わらず、医師から言われたとたん妻や息子との生活がいとおしくなった。
 その間一分ほどだったのか、5分だったのかは覚えていない・・・が、私はころっと変わった。(そこまで言うなら酒を止めて見せようじゃないか、止めてみせる)「わかりました断酒します」奥歯をかみ締めながらの決断だった。その後の手際は実に早かった、私の気分が変わらないうちに脳のCTを撮り、脳の萎縮の兆候があることを示し、入院を勧めた。でも自分は当時職場の移転問題を抱えていて休職する気には到底なれなかったので「通院」を要求した。その代わり2週間日曜日以外は毎日病院に行って点滴を受け、血液検査を受けるという条件だった。そしてその指示に従って自力の断酒を始めた。

 酒を止めてみると、その方がいろんなことが楽になるということを知った。酒を飲んでいる頃の自分は毎晩飲み始める時には「飲み過ぎないように気をつけよう」と思うのだが、飲み始めてしまうと止まらなくなる。ほどほどにほろ酔いというのはありえない状態で飲むうちに目がさえてきてブラックアウトするまで飲み続けてしまう。ブラックアウトするまで飲まないと飲んだ気がしないのだ。それでいて翌日の仕事のことは気にしていて、寝坊しないように、二日酔いは嫌だなと思っている。でも毎朝朝寝坊と二日酔いの苦しみを味わっていた。寝汗、おしっこ、タール便の垂れ流し、ブラックアウト後のことは一切覚えていなくて家族の様子を伺って変な事件を起こしていないかびくびくしている。それなら飲まなければいいと思うのだろうが、酒につかまってしまった人間は朝は「もう飲むまい」と思っていても夕方には「今夜は何を飲もうか」ということしか考えられなくなっている。自分は不眠が酷くてそれが深酒の理由だったが結局向精神薬や睡眠導入剤を処方されながら酒を一緒に飲んでいたからラリッテいたしブラックアウトも早くなっていった。こういう飲み方をする人間がアルコール依存症で、普通の人は飲みたい時は飲むし飲みたくない時は飲まない。コントロールできる。でも飲んでいた頃の自分にかろうじてできていたことは飲み過ぎないようにと切実に願いながら飲みすぎる自分に自己嫌悪を感じて自分の心を壊していくことだけだった。

 酒を止めて得られたもの 自分の心の落ち着き・家庭の平和・リラックスした楽しみ。

 せっかく酒を止めてもらったのにパチンコ依存にはまってまたもや「生きることがどうにもならなくなった」とは、自分のビョーキの根は相当深いんだなぁ。